ここ数年世界的にも都心への回帰が話題だ。少し前までは通勤時間が1時間半という人たちも多かったけれど、近年の平均時間はおよそ40分だそう。当然人口は東京に集中して郊外の都市では人口減がいやおうなく進む。一方でその反動現象は、充実した週末を家族や仲間と過ごす「週末のプチ移住」。海岸線の高台はこうしたウイークエンダーで活気を帯びている。さて今回ご紹介するおふたりは、そんなゴールドラッシュから少し離れた立ち位置にあるかたたち。週末のくらしを人生の一部にアジャストした素敵なウイークエンダーなのです。
リビングの先にあるカバードポーチに据えられたテーブル&セッティングを見たとたん、ぼくはマウイ島カアナパリの丘の上の家でのサンセットディナーを思い浮かべた。
「ここに来る人はそれぞれいろんなところを思い出すと言うの。南ヨーロッパとか、ハワイアンも、サンタフェも、、、」と河原さんは忙しそうに振り向く。まだ、完全に家具の整理がすんでいないのか、家じゅうそこらを不規則に動きまわっている。
作家、脚本家であり映画や書籍のプロデュースなどマルチな才能を発揮している河原さんの日常はまだ東京にある。ガラスと打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた品川のデザイナーズマンションが生活の場で、パソコンと壁を眺める毎日だそう。
リビングに腰掛けると、写真集『ジョージア・オキーフとふたつの家 ゴーストランチとアビキュー』をそっとテーブルに置いて見せてくれた。
以前からその暮らしぶり、生き方をたくさん学びあこがれの存在だったジョージア・オキーフ。20世紀のアメリカ現代美術を代表する女性画家だ。ニューヨークで華々しく活躍した彼女が62歳になってから亡くなるまでの30数年を過ごした「わたしの居場所」と語った終の住処を紹介する写真集だ。
この週末の家を語りはじめるにはこのストーリーが必要だった。
「ここはわたしの居場所。心が静かです。
わたしの皮膚がここの土地に近いと感じている」
ジョージア・オキーフになりかわって、そんな風にいわんとばかりに。
この南葉山の土地はドライブがてら見つけた海が見える高台の一角。富士山を真正面に拝観できる。家づくりの構想には「海、砂漠、自然への憧れ、経年変化、田舎っぽさ、ちょっと都会的で」など、いろんなキーワードが頭の中をかけめぐった。
都会の暮らしに疲れたのではない。都会の仕事を完全にうっちゃることができない今、このウイークエンドハウスは情緒の安定を促す空間なのかもしれない。そんな時、オキーフのようなこの海のある丘の上の暮らしが彼女の琴線に触れたのだろうか。
近年この周辺では都会で溢れたYEN(円)が流入している。海が望める土地なら瞬時にして買われてしまうというゴールドラッシュである。ただ、ほとんどのオーナーは本当の海の怖さとわずらわしさを知らないから、週末のパーティーがひけたら静かに海を眺めることもなく都会に戻る。波にもまれて海水にむせることも知らず、ウイークエンドハウスは社交の場でしかないのかもしれない。
川原さんのこのウイークエンドハウスにはゲストルームがない。家族と愛犬が静かに週末をすごすための家だから。自分たちが静かに週末を過ごすことがこの家の目的。だから家ではなくここは「住まい」、考える「アトリエ」。
あのオキーフのように、
「ここはわたしの居場所。心が静かです。
わたしの皮膚がここの土地に近いと感じている」
もうじき完全にこの住まいで彼女は過ごすことになるだろう、そんな風に僕は勝手に想像している。
河原れん
河原れん*1980年生まれ、東京都出身。上智大学法学部卒業。無類の旅好きで、16歳で米国留学、18歳の時にバックパッカーで世界を旅する。以来、旅の魅力に取りつかれ、めぐった国は23カ国に及ぶ。2007年小説家デビュー。初の長編小説「瞬」は2010 年に映画化、11年に発表した医療ミステリ「聖なる怪物たち」はドラマ化された。最新作は『女優堕ち』(2016年株式会社KADOKAWA 角川書店刊)。
取材・文◎藤原靖久 撮影◎山本倫子