逗子での暮らしが始まった頃。東京の暮らしと比べて驚いたことの一つに、「静けさ」がある。
我がマンションは大通りから少し離れた住宅街にあり、キッチンの換気扇を消すと「一切音がしない」と言っていいほど無音になる。天然のノイズキャンセリングである。
東京・新宿で暮らしている時でさえ、特にうるさいと感じたり騒音に悩まされたりしたことはなかったが、いざ音が消えてみれば、いかに多くの雑音とともに暮らしていたかということに気づく。
無音の心地よさを知って、逗子に来てからはテレビもラジオもつけずに家にいることが増えた。
雑音の少ない世界で、聞こえてくるものといえば風の音と鳥の声ぐらいだ。ウグイスの鳴き方が季節とともに上達していく様子も肌で感じることができる。
ある日、隣家の屋根に留まってやけに饒舌に鳴いている鳥がいるなと思い、動画に収めた。ネットで鳴き声を探してみると、どうやらガビチョウのようだった。「七色の鳴き声を持つ、森の小悪魔」と呼ばれている特定外来種だ。美しい鳴き声を楽しむために江戸時代頃からペットとして輸入されたものの、声が大きすぎて疎ましがられ、野外に放たれたものが定着したらしい。
新しく鳥の名前を一つ覚え、その生態や背景を知って以来、他の鳥たちのことも気になるようになった。
田越川によく佇んでいるのはアオサギ。優雅な見た目に似つかわしくない、グエェー!という悲鳴のような鳴き声を聞いた時は驚いた。
釣りをしていれば海辺でたまにカワセミも見かけることができる。鮮やかな青が一瞬目の前を過っただけで、幸せな気分になる。
私が密かに「ジローラモ」と呼んで愛でているのはイソヒヨドリ。淡いブルーと茶の色合いが印象的な鳥で、ひと目見て惚れ込んだ。イタリアのメンズファッションでは、青(azzurro)と茶(marrone)の組み合わせのことを「アズーロ・エ・マローネ」という。ネイビーのスーツに茶のネクタイ、のようにイタリア伊達男たちの鉄板の色合わせなのだ。ちなみにイソヒヨドリの場合、アズーロ・エ・マローネなのはオスだけで、メスは地味な灰褐色をしている。
ところで、なんでもインターネットで調べられる時代ではあるが、鳥に関して調べるのはなかなか至難の業だ。写真を撮ろうとスマホを用意している間にたいてい飛び去ってしまい、「目の上に白い眉斑があるのが特徴」などと言われても、記憶が曖昧で首をひねることになる。
鳴き声で調べるのも一苦労だ。鳥の声を人の言葉に置き換えた「聞きなし」があるが、これには少し無理がある。有名なのはコジュケイの「チョットコイ」だが、私の場合「ピポパ 鳴き声 鳥」で調べたときにその鳴き声の主がコジュケイであることが判明した。「チョットコイ」と「ピポパ」にはだいぶ距離がある。
こうして足を踏み入れた鳥の世界だが、身近な生き物に興味を持つようになると、その生息環境についても自然と関心が向く。ある5月の日、池子の森自然公園でバードウォッチングをした時は、ヨシ原に夏鳥のオオヨシキリが飛来し、その日初めて鳴き声が確認できたとスタッフの人に教えてもらった。生息に適したヨシ原は少なくなっていて、池子の森の広大なヨシ原は貴重な環境なのだという。
二子山のサンコウチョウ、大磯・照ヶ崎のアオバトなど、湘南エリアに生息する貴重な鳥たちまだたくさんいる。海も山もあり、多様な自然が残っている土地だからこそだ。
まだ会ったことのない鳥に会える探鳥の楽しみが、この先も長く続くといいなと思っている。