「北鎌倉」の響きに憧れ、行ったこともないまま物件を探し始めた私だったが、内見で初めてこのエリアに降り立ち、早々に断念した。修学旅行生がぞろぞろと細い道に列をなし、観光地そのものだった。目に入るのは洒落た豪邸やこだわりの戸建ばかり。お手頃な賃貸アパートに住んで、指をくわえて豪邸を眺めながら、暮らすのはあまり気乗りしない。
「逗子」の選択肢が登場したのは、冷やかしで見に行った材木座の物件を案内してくれた、不動産屋のエリア担当者のおかげだった。なぜかそれまで頑なに「鎌倉」にとらわれていたが、逗子に住んでいるという彼女の「逗子もいいですよ」の一言に、ピンときた。
ずいぶん前に一度だけ、逗子には海水浴に来たことがあった。楽しい思い出が蘇った。もう一度街を見ておこうと逗子駅に降りて歩くうち、ここで暮らすのはありかもしれない、という思いが高まっていった。
オーケーストアのような便利スーパーもあるが、肉屋、八百屋、総菜屋、喫茶店など商店街には個人商店が残っていて、駅前の魚屋などとても活気がある。街は浮かれた感じがなく、地に足がついた「生活」の空気がある。JRと京急の2路線あること、横須賀線は逗子始発が多く座って通勤できることも大きな決め手となった。
逗子に住むと決め、解像度をあげてその生活を想像し始めると、物件の条件は自然と定まっていった。電車通勤のため、駅まで徒歩圏内であることが第一。せっかく海のある街に暮らすのだから、思い立ったときにふらっと海まで散歩できる距離がいい。いつか犬を飼いたいという夢もそのうち実現できるだろう。少し先になるかもしれないが、ペット可物件であることも外せない。
幸い足腰がまだ丈夫なので、津波に関してはさほど心配しなかった。いざとなったら山側に逃げればいい。厄介なのが「急傾斜地崩壊危険区域」というものだ。山が多い逗子は、土砂災害のリスクがついて回る。異常気象やゲリラ豪雨も増えていたので、避けるに越したことはないだろうと判断した。この選択は正解だったと思っている。逗子に越して以降、土砂崩れは度々ニュースになり、痛ましい犠牲も発生した。
こうした条件が揃う物件はあまり多くなく、空きが出てもすぐに決まってしまう。毎日不動産サイトを開いては新たな物件が登録されていないか、チェックし続けて、なんとか今の物件を確保した。掘り出し物というほどでもないが、都内に住んでいた頃よりもプラス3万円の家賃で広さは倍になった。
ちなみに交通費を職場が負担してくれる場合は問題ないが、自分で負担する場合は家賃だけでなく交通費もきちんと計算に入れておくのがおすすめだ。家賃だけで考えれば安いが、頻繁に都内に出るとなると交通費はかさむ。例えば逗子・品川間の1ヶ月定期で22000円。アルバイトやパートの場合、この交通費を負担してくれる職場はなかなか見つけにくいかもしれない。
無事に引越しを済ませて、記念すべき逗子で最初の休日。砂浜でピクニックしよう、とサンドイッチを作り、ワクワクしながら海へ向かった。
はい。すでに海辺にお住いの皆さんならきっとここで嫌な予感がすることだろう。今なら私も結末がわかる。でも、残念ながら事前に教えてくれた人はいなかった。
そう。私が口にしようとした瞬間、手にしたサンドイッチは見事、トンビにかっさらわれたのだ。心臓が止まるかと思った。砕け散ったタマゴサンドに一斉に鳩とカラスが群がる。
息絶え絶えになりながらスマホで対策をググると、奴らは後ろから狙ってくるから壁を背にしたほうがいいと書いてある。なるほどなるほど。壁にひっついて残りのサンドイッチを食べ始めたが、そんなことは関係なかったらしい。2度目の襲撃を受けた。
強烈な逗子の洗礼だった。
アンダーパスをくぐると海が見えてくる。何百回と見てもいまだにワクワクしてしまう光景だ。
#キャプション2(写真2枚目がもし入れば)
サンドイッチで初ピクニック。この後、悲しい運命が待っていた。