施主の父にあたる直原功氏は、人生の大半を神奈川県逗子市で過ごし、現在は退職されているが、現役の一級建築士でもあります。「夏は暑くても海からの風が吹いてくるから冷房は使いません」こう話す直原氏は温暖な逗子の気候や、海風山風との付き合いかたを誰よりも熟知しています。逗子の家づくりでは、花木の緑を生活の中にとり入れること、素材は木を中心とした自然な材料でつくることは当然とも話されます。
逗子市内の平屋の賃貸住宅で生活をはじめた施主のSさんご夫妻。設計を担当した直原氏は奥様の父にあたります。そんなおふたりが奥様の実家に近いこの場所に土地を見つけたことで、新しい家づくりがはじまりました。
かねてからいくつかの賃貸住宅を利用してきたご夫婦は、これまで暑さ、寒さの体感的な受け止めの違いから喧嘩になることもあったと笑います。家の断熱性能をはじめ、どんな家に住みたいか、それぞれの希望を出し合い、そこに優先順位をつけて相談しながら決めた「こんな家がいいリスト」には、20以上の項目と何度も間取りを思案した記録がしるされていました。
そんなご夫婦の希望をふまえ、逗子の気候風土を経験値として、直原氏は設計に取りかかりました。
閑静な住宅街の一角にアースカラーの外壁と木塀と、庭木の緑に覆われたS邸があります。庭の緑や表のシンボルツリーも建物と良くマッチして心地良い佇まいを見せています。通りから目立たないよう側面に配置されたエントランスを入れば、L字型に配置された開放的なリビング・ダイニングとなっています。大きな吹き抜けや、希望通りのウッドデッキと緑いっぱいのお庭も設けられています。
「吹き抜けのソファーに座れば天井から左右、家のすべてが見渡されて一番開放的な場所になります」とご主人。
キッチンはお料理に専念できるようにと個室のように配置され使いやすが最優先されています。このお家の特長のひとつがどの場所からも緑が見えること。見晴らしがよい2階の寝室からはご近所の緑を借景し、1階ウッドデッキはもちろんのこと、ワークコーナーからも小さな庭の緑を目にすることができるのです。
くだんのように苦労した寒さには、家が持つ高い断熱性とペレットストーブ、そして冬と夏に屋根直下の空気層から送風して温度管理するパッシブソーラーシステム「びおソーラー」を導入したことで、その悩みを解消したそうです。こうして1階から2階、ロフトまで随所に散りばめられた住まいのアイデア。それは設計を担当した父のご家族への想いなのでしょう。
海外製の高価な家具や調度品が並べられているわけではなく、木の肌触りと庭の樹木がそっと配置されている温かでシンプルな空間。ここで腰を下ろした瞬間に感じる幸福感は、金銭で手に入れられるものではないことを誰もがすぐに理解できることでしょう。
その土地を熟知した設計士と、その土地ならではの暮らし方を楽しむ施主。それが長きにわたって続いていくご家族の系譜なのかもしれません。