この連載を始めてから1年となる。都内から逗子へ移って5年目、この春から新たに暮らしに変化があった。
出身地である岩手県との2拠点ライフの始まりだ。実は昨年から岩手の実家で過ごす時間が増えていた。コロナ禍では県外からの出入りに関して厳戒態勢の空気があった岩手県。そうした空気も緩和されたので、あまり帰省できていなかった3年間を埋めようと、実家での時間を増やしたのだ。リモートで仕事ができるようになったことも幸いした。
岩手で過ごす時間が増えると、自然がさらに近くなった。春には山菜を採って食べたり、秋には栗拾いをしたり。食卓に並ぶのは家庭菜園で収穫したものや産直で手に入れる新鮮な地元のものが中心だ。どこに行っても人が少ないのもいい。オーバーツーリズム気味の都内や鎌倉と違って、入りたい店に入れないということもない。車に乗るたび駐車場の有無を気にすることもない。どこの店にもバカでかい駐車場があるのがデフォルトだから。
そんな生活の中で興味を持ったのが農業だ。せっかく自然が豊かな環境にいるのだから、家にこもって原稿を書くだけではなく、外で体を動かしたいと思ったのだ。
とは言っても、「農業やりたいな」と漠然と思ったところで、始め方が難しい。私の実家は農家ではなく、非農家出身者が農家になるケースは近年増えているとはいえ、容易なことではない。そもそも農地を持っていないし、農地を購入するにも農地法で定められた条件がある。農地があったところで技術も知識もなければ何もできない。
農業大学校という専門学校が近くにあるため、まずはここに通ってみようか、などと考えていたところ、思いがけない出会いがあった。地元の自治体が、新規就農を志す人を対象に、地域おこし協力隊の募集を始めたのだ。地域おこし協力隊とは、2009年に総務省が始めた取り組みで、人口減少や高齢化の課題を抱える地方自治体が都市部から人材を受け入れる制度だ。まちづくり支援や観光PRなどをミッションに募集することが多いが、今回の募集は農業分野。任期期間を農業研修に充てることができて、報酬もある。渡りに船とはこのことだ。この後押しがあれば、就農を目指して取り組む足がかりができる。かくして協力隊隊員としての生活がスタートした。
農業をやるといっても、選択肢は様々ある。野菜、果樹、花き、畜産。野菜にも露地栽培もあれば、ビニールハウスを利用した施設栽培もある。私が選んだのは稲作だ。その理由についてはまた機会があれば詳しく書きたいが、単刀直入にいえば「田んぼってすごい」と思ったからだ。単に米が育つ場所というだけでない。風景そのものでもあり、生き物たちのすみかでもあり、洪水などを軽減する貯水機能も持っている「田んぼ」。すごすぎる。
そんなわけで、今は稲作をメインで行っている地元の農事組合法人で研修をさせてもらっている。師匠はみな70代、80代。米作りのプロフェッショナルばかりである。4月末の今は連日、田植え前の苗作りの作業に従事している。週末も連休も関係なく、稲の成長に合わせて作業が決まる。雨の日は休み。晴耕雨読の生活だ。力作業もあるので、体への負荷はあるけれど、1日寝ればだいたい元に戻る。オフィス仕事に伴うメンタルへの負荷の場合はこうはいかないだろう。
海のススメ改め、農ある暮らしのススメである。