私の逗子暮らしと切っても切り離せない存在である「犬」についての話。
移住を決めて不動産サイトで賃貸物件を探した時、条件として外したり加えたり葛藤を繰り返したのが「ペット可」の項目だ。
ペットブームと言われて久しいが、賃貸で飼えるところはまだまだ数が少ない。その条件を追加した途端に、マッチする物件がガクンと減り、そして敷金礼金は増えるケースが多い。
引っ越す前からペットと暮らしていたわけではなく、いつか犬と暮らせたらなという漠然とした憧れがあっただけなので、ペットNGだけど他は好条件が揃っている、という物件を見つけると心がぐらついた。
そのたび初心に返って、「自分はどんな暮らしがしたくて逗子に移住をするのか」を思い描いた。理想はふらっと海に散歩に行ける生活だ。隣に相棒がいてくれたら言うことなし。そう思い直して「海まで歩ける距離」と「ペット可」はやはり必須条件にした。
無事にペット可のマンションが見つかったが、引っ越し後も悩みは続く。
当初からペットショップの選択肢は考えておらず、迎えるなら保護犬と決めていたが、犬の里親募集サイトを何度も眺めては「うーむ」と立ち止まってしまう。単身者NG、高齢者NG、賃貸NG、子どもがいる家庭NG、お留守番NGなど、そこには譲渡にあたっての厳しい条件が並んでいることが多い。残念なことにペットを安易に手放す人がいる現状では、保護団体も条件を厳しくせざるを得ない事情があるのだろう。さらに、出張や長期旅行はどうするのか、病気になったときの経済的な負担は、介護が必要となったら、問題行動があったらどうするか、様々考えをめぐらせ「やっぱり難しいかな」と諦めては、またしばらくして募集情報を検索して、を繰り返した。そうこうしているうちに引っ越しから2年も経ってしまった。
いつものように保護団体のブログを眺めているとどうしても気になる犬がいた。推定7歳、「あきね」というメスの柴犬だった。この団体では、センターから引き出した犬をボランティアの方々が一時的に各家庭で預かってくれていて、その様子が日々SNSなどにアップされる。インスタを開いて毎日「あきね」の様子をチェックするのが楽しみになり、遡ってすべての投稿を隅々まで読ませてもらった。
和犬は特有の難しさがあると聞いていたこと、フィラリアが陽性で治療が必要なことなど気になる点もあったが、すっかりあきねファンになってしまった私は、そうした心配事よりもこの子をうちに迎えたいという気持ちのほうが大きく勝っていた。
あきねが家族になってくれた日から2年。結果、犬を通して私の世界は広がり続けている。海に行けば、いつも誰かが犬との時間を楽しんでいる。会うたびにペロペロと顔を舐めてくれる、ボーダーコリーのクロード。逗子海岸の看板犬、豆柴なっちゃん。御年17歳の大先輩、黒柴のリンちゃん。飼い主がどこのどなたか知らなくても、犬の名前も、性格も、よく知っている。そんな犬仲間が街中にいる。
そのうち、犬を連れずに一人で歩いていても「あら、あきねちゃんのママさん!」と気づいてもらえるようにもなった。
持ち家でもなく、子どももいない生活には、どこか仮の暮らしのような感覚がいつまでもついてまわる。やっとこの街に根を下ろして生活ができているような、そんな気持ちになれたのは、あきねのおかげだと思っている。
高橋有紀プロフィールライター・編集者。1981年岩手県生まれ。国際基督教大学卒業後、出版社に勤務。パートナー1人+犬1匹と逗子で暮らしている。シロギス釣りがいま一番の趣味。
イラスト・題字|ほししんいち/横須賀市秋谷在住。