“佐賀和光(ターザン)に近づきたい! そのためにもバランス良く生きていきたい。”
名前◎泉谷吉信 いずみやよしのぶ
職業◎イッチーズアートガラージ代表/一級建築士
生年月日◎1972年8月31日
出身地◎藤沢市片瀬山
身長◎170㎝
星座◎乙女座
血液型◎O型
趣味◎波乗り、旅行、茶道(表千家)、歌舞伎鑑賞
家族(ペット含む)◎3人(妻、子)+犬2匹
好きな食べ物◎餃子、ワイン
好きな言葉◎継続は力なり、未来とはこの瞬間の積み重ね
好きなアーティスト◎Grateful Dead
ヒーロー◎佐賀”ターザン”和光 、神谷”ハンセン”高志
出没する場所◎葉山、腰越、茅ヶ崎
夏が行った。けど、彼らの夏は終わらない。おとなもこどもも海が似合う、太陽が似合う。不思議な魅力の「湘南ボーイ」。これはかれらに捧げる一編のオマージュなんだ。
泉谷の話をする前に、まず建築家佐賀和光(愛称ターザン)を知らなければならない。1970年代から90年代にかけて(99年に亡くなるまで)機能よりも意匠を優先するとさえいわれた勇気ある建築家、湘南の暮らしを代表する音楽家、オーシャニスト、そして万人が認める湘南の代表的生活者である。
そんなターザンの子息と同級生という立場であった泉谷にとって、まだ学生だった当時、その自邸「晴れ晴れハウス」ほど衝撃的なものはなかった。そしてターザンの人物像。建築家としての原点がそこにあると語る。
ターザンが主宰する建築事務所を経て29歳で独立。しかし3年間は旅と波乗りと建築コンペばかりの日々だった。
泉谷にとって次のステップは、神谷”ハンセン”高志から照らされた建築にとらわれないデザインだった。ここから泉谷は建築家としての第2章の大きなうねりを掴んだ。
小笠原でのペンション設計や湘南での住宅の建築が相次ぐ。
「光と風を読んで、住んでいる人が心地よい家」はターザンから学んだすべてだ。
建築家としてはまだまだ若い40歳。しかし、最近では美的センスはヨガや波乗りに近いという茶道を始めた。自由に旅もしてみたい。ここ数年で溜め込んだ内なるエネルギーをアウトプットしてみたい。彼はそう叫ぶ。
湘南という土地はいつの時代も開放的だ。とくに若さに対しては自由である。。だから僕はひたすらに、泉谷のような若い建築家の躍進を楽しみにしているのだ。
*2013年 バイザシー37号より テキスト◎藤原靖久