取 材◎藤原靖久
撮 影◎山本倫子
取材協力◎株式会社 楽居
緻密に細工された木と木をしっかり力強く組んでいく伝統工法。湘南でそのスタイルを顕著にしてブランドを確立してきた楽居。だが昨今では、力強さだけでなく繊細な意匠ラインナップも加わり両翼の広がりを見せている。その中心に座る三浦若樹さんにブランドストーリーをお聞きしました。
高校の頃は野球でご飯が食べられると思っていたんです。だけど大学と社会人のセレクション(スカウトのドラフト候補生)に全部落ちてしまい、自信があったからまさかそんなことになるとは思わなかった。父から「プロ野球選手になれないんだったらやるんじゃねえ」とまで言われ、野球一筋の高校生活だったので途方にくれました。18歳の時の挫折です。
将来どうしたらいいかわからないから、周りに相談して某ハウスメーカーに現場監督として就職しました。高卒は僕一人という環境で、建築のこともわからない。それでもがむしゃらに仕事に取り組みましたが、商業主義の大量生産の家づくりにだんだんと疑問をもつようになって、結局会社をやめました。そこでもやっぱり「プロになれないんだったらやるんじゃねえ」という父の言葉を思い出して、職業として何か一つは極めようと思っていました。
それで、どうせなら、自分の手で本当にいい家をつくってやろうという気持ちで、近所の棟梁につきました。そこで8年間伝統工法を修行しました。3年間は掃除しかやらせてくれなかった。見て覚えろ!という時代だから、自分で道具を揃えてなんとか仕事をやらせてもらいましたね。棟梁は人とうまく喋れる人で、お客さんとも自分で対話するし、いい仕事をして感謝される、そして対価をいただく、こんないい仕事はないなと思っていました。
そのあと、親方の紹介でメーカーの下請けを3年間やって、30歳前に思い切って鎌倉に出てきました。僕たち地方の若者はやはり東京に憧れていましたし、でも都内だと木造住宅はできないと考えて鎌倉を選びました。まったくゼロからのスタートです。
最初に建てさせてもらったのは鎌倉山の住宅でした。当時偉そうなことを言っても、食べていくためには下請けをやらせてもらうしかなくて、常々新築住宅をやりたいと思っていたので、知人から紹介されたお宅に突然伺って「新築を作らせてください」とお願いしたのです。その3年後に今の会社を設立しました。
住宅は、何千万円もするものなのに、担当営業マンだけが顔見知りで、誰が建てるのかを上棟する日まで知らないのが今の世の中の家づくり。「正直な、顔のわかる」というキャッチコピーはたくさんあるけど、僕がお客さんだったら、作り手の顔が見えない家づくりはやっぱり嫌だなと思っていました。楽居として新築3棟目が始まった頃に、妻が自分でホームページを作って、次の問い合わせが来て、そんな風に徐々に仕事が来るようになりました。そんなことだから鎌倉に来てからは、平日は現場、週末は打ち合わせと休みのないことが10年間続きました。
当時は西鎌倉の10坪もない事務所で工務店をスタートしましたが、楽居のお客さんは、事務所の大きさやブランド力ではなく、人や仕事ぶりを評価してくださっていたんだと思います。それは、七里ケ浜の今の事務所に来ても変わらないことですね。
10年前に湯河原に工房頑居堂をつくりました。モデルルームも併設していますが、伝統工法の質実剛健なつくりです。一方の An・ Jour(アン・ジュー /鎌倉七里ヶ浜のオフィス兼コンセプトハウス)は、設計の早崎さんが中心になってつくった女性ならではの繊細さや美意識を取り入れた空間です。それまで、伝統工法は和風、男っぽい、木ばっかりというイメージで捉えられていたと思いますし、雑誌なんかで見ると、楽居の家も他社さんの木の家も、違いが分かりづらかった。そういう意味で、隅々まで意匠にこだわった An・Jourは十分に個性的だし、楽居の新しいラインナップになっているかなと思います。
僕は伝統工法でもマンションでもいいけれど、本当はライフスタイルの提案をしていきたいのです。ライフスタイルの提案ってすごく重い言葉ですよね。だから僕たちは、(アイデアの)引き出しはたくさん持っていると思っています。車や洋服にしてもある程度の薀蓄(うんちく)は持っているつもり。こんな人間があなたの家を作りますという発信はしていきたいと思います。だからと言って、何かを押し付けようというんじゃなくて、アメリカ好きな人がいれば理解しようとするし、相手の好みや思いを汲み取ることが何より大事。住まい手とそんなやり取りができれば、これまでの家づくりにとどまらない、ライフスタイルの提案ができるのかなと思っています。
衣食住と簡単に言うけれど、家づくりは何年やっても難しい。特に、注文住宅は工務店にとっても大変です。住まい手のことを理解し、想像以上のことを提案する。そして、家という形になって喜んでいただく。僕らには、大手のブランド力があるわけではないので、どれだけ好きになってもらえるかにかかってるんですよ。だから、三浦さんが言うことだったら信用するとか言っていただけると、それはとてもうれしいことです。
僕は、ご飯を食べに行っても、料理だけでなく総合的な付加価値を求めます。僕たちも、完成した家という結果だけでなく、家づくりのプロセスでのやりとりや住み始めてからのフォローも含めて、住まい手の期待に応えていく。その意識はすごくあります。そういうことを総合的に評価して、楽居のファンになってもらえたら理想ですね。家づくりをしながら、住まい手との人間関係が築けて、感謝もされて、それを仕事にさせてもらっているんだから、ありがたいことです。僕のモチベーションは、何より住まい手に喜んでもらいたいという気持ちです。
建築には相性があるんですよ。工法とか材料を選択する相性、プラン設計の相性、予算、人と人との相性です。基本的に僕は相手を好きになろうと努力していますよ。笑
10年ちょっとやってきただけでも時代がすごく変わるんだなと思うことがあるんです。時代の流れをつかみながらも、楽居自体は、今のペースで一つ一つ丁寧にやっていければいいなと思います。鎌倉へ来てからは、遊びより仕事優先でやってきましたが、最近はマイペースで波乗りを楽しんでいます。去年からスノボを解禁して、冬場は雪山へ通っていますが、もう45歳だから20代のような動きはできませんね。それでも、仕事も遊びも、長く楽しんで続けたいと思っています。
【PROFILE】 みうらなおき
◎1973年静岡県掛川市出身、小学校2年生から高校まで野球に没頭。高校を卒業後、伝統工法を習得して楽居を設立。湯河原に工房宮上頑居堂、七里ヶ浜に An・Jourを建設し湘南を代表する工務店となっている。
好きな車:エブリイ、いつかはアストンマーティン
好きな洋服ブランド:カルマニョール
好きな時計:G-SHOCK、パネライ
好きなご飯:パスタ(お昼は自分で作る)
好きなアーティスト:MISIA
好きなスポーツ:サーフィン、スノーボード
家族:奥様と女の子